トシエさんはこの夏90歳になりました。
84歳だったトシエさんの介護を始めて6年が経ったというわけですか
ら早いものですね。
この6年間にはいろいろなことがありました。
今は、その時その一瞬の世界で生きているトシエさんですが、当初ま
だ認知症といいましても買い物に一人で行くことができましたし、郵便
局へ行ってお金を引き出すこともできていましたので今とは比べようが
ない元気さでした。
当時そんなトシエさんが何より好きだったことは買い物でした。
買ってくるものといえばひたすら食べるものだったわけですが・・
しかし、この買い物は糖尿病の食事を管理している者にとりましては
難儀な代物でして(何処へ行ったのでしょう?)と振り回されたのと同
じく買ってくる食べ物に振り回された時期でもありました。

そんな時期はいつまで続いたのでしょう
そんな思い出を記録してみたいと思います。
いつも、朝の10時になると待ちかねたように・・・
「ちょっと~市場へいってくるわ~」と手押し車を押して出かけます。
買ってくる物はたいてい決まっており、まず「うきあられ」丸くフワッと
した空洞のあられです。(これは最多購入品目でした)
おかき・みかん・柿・さつまいも・ふかし芋・バナナ・菓子パン・揚げた
豆・いかり豆・ビスケット・キャラメル・みたらし団子・天婦羅(この天婦
羅はすごいですよ、さつまいも、いか、ちくわ、といった天婦羅を
3~4個買ってくるのです。それがどれも一つがとても大きくて、さつ
まいもなどは、ななめ輪切りで10cm程もあるわけですから、いった
いこれは何Kcalになるのだろうと私にはお手上げの品でした。)
続いて、肉・ほうれん草・漬物・惣菜・鶏の照り焼き・鶏の足のロースト
チキン(この足つきローストチキンには息子はたいそう驚かされたよ
うで“こんなもん誰がたべるの?おばあさんの食べるものじゃない
よな~”なんて呆れ顔で大笑いしてましたが・・・)
またそんな中でよく折込みチラシを眺めて買ってきていた物に10個
入、1パック98円という玉子がありました。
これもお気に入りの一つでして
「安いな~。玉子は栄養価があって!これが一番ま~しやな~」と
しっかりローテーションに組み込まれておりました。
こういった品々を毎日5~6品づつ買ってくるのです。
ところが、当時お店は市場のそばにもう1軒ありまして、トシエさんは
よくこのお店にも足を運んでいたのです。すると・・・
たとえば、まず一軒目で買った玉子ですが、手押し車に納めてしまうと
もうその事はすっかり忘れており次の市場で再び玉子を買って帰って
くるのです。ですから、帰り着いた時には
“あら?まあ?玉子が二つ?”
(これは他の品物でもたびたび繰り返されたことではありましたが)

そして、私はトシエさんが帰り着くやせっかく買ってきた品物をせっせ
と取り上げる作業に追われたのです。そのころ家にいた息子はこの
取り上げ方がとても上手で、おばあさんが帰り着くや
「おばあさん手伝ってあげるな~」といって台所に運んでくれたのです。
そして、息子も心得たものでしてお菓子類一つと無難な物はテーブル
に並べて、後はさっさとおばあさんの目に付かない所に納めてしまう
のです。そこへあとから“よっこらしょ”と中に入ってテーブルに着いた
トシエさんですが、目の前に並べられた品物を見ながら
「え~?わての買い物これだけだったかな~?」
なんてしばらく首をかしげて、いたく不思議がったということです・・・・
このやり方には私も感心したものです。ところが、その手に持った袋
のお菓子ですが、これも全部食べられるわけではないのです。
なんたって厳しい嫁が管理しているものですから 
食べていい分量は持たしてもらえますが後は没収となるわけです。
しかし、それも食べて手元になくなると、今まで周りに「なんぞ」
を置いてそのお世話になってきたトシエさんにとりましては、これは
落ち着かなかったようで昼食が済んでしばらくすると、また
「ちょっと~市場へいってくるわ~」とヒョコヒョコ買い物に繰り出すの
です。 時には夕方3回目の買い物のお出かけがあったりと・・・
このような行動を毎日繰り返すわけですから我が家には食べきれな
いものが溜まって消化しきれずこの処分に私は、義弟の所、近所へ
と走りまわったのでありました。
なんとも無駄でもったいない話しなのですが、トシエさんにとりまして
なにより大事な通帳を取り上げるわけにもいかず、また離すはずも
なく、この行動はお金を使い果たすまでしかたがないと読んでいた
私は腹を据えてフムフムと眺めていたわけなのです。
その時がやってきましたね
年も明けた2月のある日。
いままでよく通帳と睨みっこしていたトシエさんでしたが、その日は
ひとしきりベッドで真剣な目で通帳を睨んでいます。
私もだいたい把握はしていたのですが・・・・ちょっとトシエさんに聞い
てみましょう。 「おばあさ~ん。いくらもっているの~?」

残高5、673円 「いや~まだたくさんあるや~」
すると、そんな私の言葉には返事もせず真剣な面持ちで
「う~ん!もうこれ以上は使われへん・・・・これはなんかの時に置い
とかなあかん・・・・う~ん。もう使うわれへん」と自分に強く言い聞か
せています。・・・・・・・とそこへ、私も悪いですね~。
「そうやな~。なにがあるかわからへんし、それは使われへんな~」
(そして私はいかにも残念そうに・・・そして、困ったように・・・・)
「私も貸して上げられるほどお金持ってへんしな~。」 
と言いつつ私は、駄目押しの追いうちをかけたのであります。
「私はきついマーヤだからおばあさんには
貸してあげられへんわ~」。
期日がくればちゃんと年金は振り込まれているのですが・・・・ 
トシエさんはそのことをすっかりと忘れてしまっていたのです。
その後、しばらくベッドで横になって真剣な目で通帳を眺めては片づ
け、片づけては眺めしていた大事な大事な通帳も、ふと気が付けば
無残にもベッド脇に放り投げられ見向きもされなくなっていたのです。
もうトシエさんにとってはなんの価値もない通帳となってしまいました。
トシエさんが通帳を忘れたのです。
(もちろん私がそ~と預かりはしましたが・・・・)
以外と早く忘れてくれましたね。
わずか半年もたたないうちに忘れてしまったのです。
しかし、あんなに楽しみにしていた買い物も『認知症』に奪われてし
まったのかと思うとちょっとかわいそうな気持ちもしましたが・・・・
私にとりましては、これで食べ物の管理がしやすくなったということで
すのでやれやれといった出来事でした。
介護も同じ状態がいつまでも続くというものではないのですね。
当たり前の話ですが・・・しかし、
通帳を忘れはしましたがトシエさんの行動は
・・・・・・・次へと続くのです。
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