旅を終えて

22日、シェムリアップ21時発airplane 23日7時前 関空に無事帰国

カンボジアとは暑い国でした。coldsweats02sweat01Photo_25

この雨の多い暑い国ではアンコール

ワットの遺跡がジャング ルに覆われ

たことがなんなく想像することができ

ます。このような気候のまえには自

然の力に無力にならざるを得ないよ

うに思いました。

昨年の韓国旅行に続き今回も、Photo_26

人のお友達ご夫婦とご一緒の旅

した。出かけるに当たっての注意と

して現地の水は飲めないというこ

とで2リットル入りの水を4本持って

いきました。

旅行会社、ホテルとそれぞれに

500mℓの水は毎日1本づつ用意は

てくれましたがそれでも持っていった1本を残し使ってしまいました。

歯磨きからうがいまでこの水を使ったおかげかお腹の方は大丈夫な

ようでした。しかし、主人のお友達が最終日風邪を引いてしまい、私も

帰ってからは目を瞑ればグ~グ~と4日間ほどは眠る毎日でハードな

旅だったようです。今回ばかりは旅行も体力勝負の念を強感じました

 旅の最終日

「四つ10$でこうたろか~?四つ10$でこうたろか~?」

と関西弁で品物を見せながら寄ってくる子供!

何処で仕入れた言葉?と苦笑してしまいましたが、日本の関西の

人がそう言ってきっと買っていったのでしょう。

カンボジアも子供には教育をsign03 学校だけはきちんと通える環境を与

てあげて欲しいと切に願う旅でした。confident

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アンコールワットを訪ねて 四日目

きょうも遺跡群を観光します。午前中に3ヵ所。午後3ヵです。

これには“もうみたくな~い”といった心境ですbearing 疲れてきたのです。

とにかくよく歩く遺跡巡りと、この暑さに疲れがでてきて私は考古学

者でもなく、どれを見ても似たような遺跡に、これは日本でいうお寺

見て廻っているようなものではないかしら?そんなにたくさん覚えられ

るわけもなく、“もういいや~”といった気持ちになってしまったのです。

そんな中、私はある遺跡には入らずその遺跡の近くで昼食

をとっている入場受付の職員さんのPhoto_10

とっている食事の方に興味があって

ょっと写真を一枚撮らせていただき

した。これはなんという食べ物です

か?ガイドのヴェイさんが説明してく

れます。手前牛肉の料理は「ログ・ラー

値段は5000リアル(4000リアルが

$日本円で約100円)ですの日本円で100円ちょっとのようです。

小皿にはいったナンプラーのたれをつけて食べるようですがこの方は

ナンプラーが苦手なため右側の小皿の胡椒をつけて食べるようです。

向かいの方は「ムチュクローン」といって、豚のスペアリブ、とうがらし

空心菜、香草、うこん、レモングラス、が入ったスープ料理のようです。

値段はこれも5000リアルだそうです、それぞれに、ちょっと味見して

みたいお料理でしたPhoto_12

ご飯の方はさすがお米と魚が

主食というだけあってこの量は多い

ですね。ここでは7,8月に種をまき

収穫は12月だそうです。

元気に裸足で駆ける子供たち。

この国はなんと子供が多いのでしょ

う。町中をみても子供や若者の多さPhoto_15

に驚きます。これには35歳以下の

人口が全体の72%をしめているそ

うです。一家に4~5、6人の子供が

平均 的な家庭だそうです。

ガイドのヴェイさんは9人兄弟の7

番目だそうです。

日本と違って若者の国です。Photo_18

貧しい国とはいえ活気を感じます。

そういえばこの国ではあまりお年寄

りをみかけませんね~。これはポル

ポト政権時代に大虐殺にあったため

だそうです。年金がないというこの国

ではお年寄りの面倒は誰が看ている

のですか?末っ子が全財産を引き継いで親の面倒を看るようです。

ですから長男は家をでるそうです。そういえばこの国では眼鏡をかけ

た人を一人も見ていませんが。ヴェイさんの視力はいくらですか?

日本だと視力が0・1とかで眼鏡をかけてる人が多いのですが・・・?

エッ!それはなんですか?目がいいのですか?  

いえいえ目が悪いのです。

別に目に都合が悪くなったことはないので測ったことはありません。

遺跡を巡ると必ず手に手に袋やスカーフ、民芸風ブレスレット、は

き、遺跡集の本を持った多くの子供や中には大人も混じって買って

れと寄ってきます。朝早くでも子供が売りに寄ってきます。

いったいこの子供たちの学校はどうなっているのですか?

この国では午前と午後の2部制になっていて4~5時間授業だそうで

す。ですから朝、働いている子供は昼から学校に行き、朝学校へ行っ

た子供は昼からは帰ってくるようです。しかし見た感じすべての子供

が学校に通っているかは疑問とするところですが

ところで、まだお昼にもなっていないのにぞろぞろと歩く子供を見かけ

ます。あの子供たちはどうしたのですか?

先生が来ていないので帰っているようです。これにはちょっと考えら

れないことでびっくりしました。

ただしこれは国立の学校での出来事で民間の学校は一日の授業に

なっているようです

また、その先生ですが町の学校には上位成績の先が赴任し、

昨日訪れたベンメリアの遺跡があったような村の学校には成下位

の先生が赴任されるようです。ところが村には先生も余り行きがら

ず、名前だけは置いておいて別の人が教壇にたつようです。

あのトラックにはたくさんの人が乗Photo_31

っていますがなんのトラックですか?

乗り合いバスのようでした。

あの建物の前には子供も交えて多く

の人がいますが何をしているのです

か?病院のようです。診察を待つて

いるようでした。外で待つとは暑い

しょうね~。ところがこの国では15歳以下の子供の治療費はすべて

無料だそうです。私たちのバスの前を自転車とバイクを5・6台。そし

てその横には一人の人を乗せて小さな軽トラックが走ります。

これはタクシーのようでした。町で買ったバイクや自転車を村まで運

んでいるのだそうです。一番上に乗せてあるのが新車のバイクのよ

うでした。また所々の交差点で見かける信号機ですが通常の信号

機と並んで青い丸い信号機が設置してあります。

これは数字が40,39・38と秒単位で点滅しながら減っていきます。

青信号が変わるまでの時間が表示されているようです。

初めて見る信号機です。これも事故防止に効果があるのでしょうか。

遺跡近くで池の中に入っている二人Photo_32

の子供をみかけました。

あの子供はなにをしているのですか?

タニシを採っているようでした。

売るようです。

この遺跡にはクメール文字が綺麗に

彫ってあります。しかし、この国には

クメール文字を読める人が二人しかPhoto_17

いないそうです。知識人がやはり

あのポルポト政権時代に大虐殺で

されたためだそうです。旅を終える

当たって私は気がついたことがありま

す。私たちはこうやって重な世界遺

産をなにげなく堪能していますが、

この世界遺跡よりも、もっともっと大

なものを残さなくてはいけないも

のがあるのではということです。

それは『人』という遺産です

もしこの国に知識人の大虐殺というものがなかったならこの国は

もっと違っていたかもしれないのでは?と思ったからです。

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アンコールワットを訪ねて 三日目

今日は午前に世界遺産ベンメリア遺Photo_12

跡と午後アンコールワットを観しま

す。ベンメリア遺跡はホテルからは

ちょっと離れた所です。国道6 号線

を1時間ほど走った村にありました

ここは破壊がすごくて手付かずのよ

うです。地盤沈下やガジュマルの木

よって壊れたようです。

道路沿Photo_5 いにはときどき黄色い旗を

ててなにやらペットボトルに入った液

体を売 っています。

なにを売っているのでしょう?

これはガソリンのようです。

ガソリンスタンドがない田舎ではこの

ようにして売っているのだそうです。

ただしちょっと質が悪いようですが。Photo_6

こちらの乗り物はバイクが多く日本の

ホンダが人気があるようです。

なぜなら一番にカンボジアに入ったの

がホンダだからだそうです。続いてス

ズキのようです。また、この国には日

本製品が多く見られます。

車はトヨタ、ホテルのトイレはTOTO.Photo_7

エレベーターは三菱、テレビは東芝、

また遺跡修理に使われている重機は

日本製だそうです。ちなみに私たちの

乗っているマイクロバスは韓国製でし

たが。午後からはいよいよアンコール

ットを訪れます。寺院の都です。

アンコール・トムより古い時代の8CにPhoto_8

造られたようですが天空の城といわれ

ているだけあってここも美しい造りです。

しかし、この国では世界遺産が少し乱

雑に扱われている気がします。日本で

は世界遺産なんて手で触ることな

できませんが、ここでは壁の彫り物な

どには手で触った垢で光っています。Photo_9

このように豊かな胸には本能なのでし

ょうか自然と手がのびるようです、

また壁のレリーフに空いた穴には弾痕

の後ですとガイド(ヴェイさん)自身が

持っている傘の先を突っ込み説明する

様には思わず「エ~?世界産よ」

つぶやいてしまいましたがそんな中、

森の中からベルを鳴らしているように

リ~ンリ~ンといった音が響いてきます。

あの音はなんの音でしょう?これはセミの鳴き声だそうです。

『ベルゼミ』といってほんとまるでベルが鳴っているように森の中全体

をゆらすように鳴り響いています。あの日本の油蝉のような暑苦しさ

は感じません。涼しさを感じる鳴き声でした。

今日は、夕食のあと現地の人が遊びに行くという遊園地と外人も買

い物に訪れるというちょっとした商店街を散策にでかけました。

現地の人はなぜ夜になって遊園地などの遊びに出るのでしょう?

それは、昼間は暑いからだそうです。

さてその遊園地とはどんなところでしょう?

それは灯りの乏しい薄暗い野原に位置するものでした。そこには屋

も並んでいましたが風船当てゲームが広く場所をとっていました。

これは日本の夜店と同じようなものでダーツで風船に命中すれば洗

剤やザルといった日用品がもらえるというようなものでした。

メリーゴーランドと称するものもありましたがこれは手で回すのかと思

うようなものでしたし、粗末な観覧車などは動いてはいましたが、人が

乗っているようには見えませんでしたが。日本に慣れている私たちに

は薄暗くてとても楽しく遊ぶ気にはなれないですね~。

次は夜の商店街です。ここもオールドマーケットよりはやや広く場所を

とっているかとは思いしたが似たようなものでした。その帰りです。

驚くべき光景にであいました。屋台で玉子を売ってる若い女の子です。

美味しそうにゆで卵をスプーンですくってたべています。

スプーンで食べるとは珍しい食べ方ですが皮が付いた状態で中身を

すくって食べているのです。美味しそうねと覗くと・・・ヒエ~ coldsweats02sweat01

これはゆで卵であって卵ではありません。

よく見るともう少しで雛になるという玉子でうっすらと骨があったり黒い

目玉がみえています。ゲェ~とするところですがその女の子はかすか

な骨の音をたてながら、さも美味しそうに食べているのです。delicious

私たちが目を丸くして“おいしい?”というジェスチャーにもしっかりと

笑いながら頷いていましたがこの国では、おたまじゃくし、たにし、た

がめ、タラチェ、こうもり、へび、なども食べるようです。

食文化の違いですね。私たち日本人が『さしみ』を食べるということ

にすごく驚かれるというのですからhappy02

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アンコールワットを訪ねて 二日目

10月20日(火) 今日は世界遺産アンコール・トムへと出かけます。

アンコールとは(町・都)トムは(大きい)ワットは(寺院)という意味だ

そうです。カンボジアの季節は6月から10月の雨季、11月から5月の

乾季とに分かれているようで今はまだ雨季の季節のようです。

いつスコールが来るかもしれないので雨と傘を忘れないようにとの

注意を受けて出発です。ところがその前にある所に寄ります。

遺跡に入るにはパスポートがいるようです。

そこでまず、これから三日間使用Photo_21

る顔写真付きのパスポートを作り

向かいます。ここでは何日利用す

かによってコー スが決められていて

私たちは三日 ースに並び顔写

を撮ってもらいました。happy01

出来上がりは早くツアー客27名Photo_22

の写真を撮り終えても10分もすると

パスポートを受け取りましたが、これ

は紛失すれば入ることができず作り

直すには100$の費用がかかる

うです。アンコール・トムは南門から

の入場です。→(パスポートのチェック)Photo_23

12~13世紀に建てられたというこ

の寺院は周囲が3km平方あるそ

ですがなんといってもみどころはバイ

ヨン(王のサロン)高さ45mもある塔

で4面に彫られた観世音菩様の尊

顔と外回廊に彫られている日常生活Photo_24

を描いたリリーフでしょう。

砂岩で出来ているというこの大きな

建造物に、かっては栄えた時代が

り高い文化があったことに驚きます

その石は像や牛によって80kmも離

れたところから運ばれたそうです。Photo_25

ここで王様の宮殿もみてみたいもの

ですが破壊されて残っていないそう

です。しかしこの国は暑いですね。

少し蒸す感じは受けますがあの日

本のの蒸し蒸しさは感じられ

ません。しかし、私もそうすが

さんどなたの顔からが流れでています。背中も汗びっしょりです。

ところが不思議?  現地ガイドのヴェイさん(男性26歳だそうです

一滴の汗もでていません。なんとも涼しい顔です。

私たち日本人の身体はいったいどうなっているのでしょう coldsweats01 sign02

まるで濡れたタオルを絞っているかのようにポタポタと落ちる汗とは

私たちの身体は水だらけのなのでしょうかsign02 

そういいつつ次のオールドマーケットに向かいます。途中、バスの中

でスコールがやってきました。rain 話に聞くスコールです。

私はスコールとはバケツをひっくり返したような雨の降り方を想像して

いましたがこれは違っていましたね。

ザ~という降り方です。ものの30分もすれば止んでしまいましたが・・・

道行く現地の人は(100キンで売っているような)薄いレインコートを

かぶって自転車やバイクを運転してましたが傘を差して歩くの姿は

見かけませんでした。

着いたオールドマーケットはPhoto_4民芸品

工芸品、衣服、お肉、お魚と小さい

お店がひしめき合っています。

さて、ここでの買い物ですが、

旅行にあたって娘からは

“カンボジアはなにもなさそうだから

お土産はいいよ~”と言われていたPhoto_3

のですが、そうそうイヤリングならお

土産にいいかもと私は一軒のお店に

入ったのです。店員さんは20代の若

い娘さんです。眺めているといろいろ

出し重さを量って値段をいってきま

す。私が目を留めた一つに、これは

銀だといって22$をいってきました。私には銀だといわれて本物か

偽者かなんてわかりません。また値打もわかりません。

う~んと考えていますと、電卓出して私に数字をつように促がしま

す。一瞬どうしよう?10$を打ってみようかと思ったのですがまり下

げても成は無理かもしれないと迷ってしまった私は、うし姿を見

のです。coldsweats01 するととたんに10$の声がとんできましたエ~ッsign02

やった~scissors 私は思わずニヤッ振り向いてOKを言ったのです。note

すると今度はいかにも残念そうに両手を合せて(あ~、あと2$~)と

哀願するではありませんか。coldsweats01  これには

“ダメよ~、商売は成立したわよ~”と笑いながら私は首を振ったの

です。が、首はふったものの両手をあわせてあと2$を哀願する若い

顔には購(あがない)きれず、そうそう、それではと私は背負っていた

リュックを下ろし日本から持って行った手付かずおやつの箱入パイ

のお菓子を取り出して “どうぞ、プレゼントよ”と差し出したのです。

そうせずにはいられなかったのです。一瞬若い顔パッと輝きまた。

にこにこと嬉しそう受け取るその顔私も

よかった~!これでいい買い物ができたということね” happy01

と胸をなでおろした出来事でしたhappy01 楽しい思い出になりそうですhappy01note

ところが、帰国してこういった国をよく知る人の話によると値段交渉は

向こうが示した値段の半分から始Photo_3

めるのが通常のようでした。happy02

その後、昼食のタイスキ料理という

魚のたくさん入った鍋料理をいた

ホテルに帰ってシャワーをあび

憩したあともう3ヵ所の遺跡群観

して、あとプレループ遺跡での

夕日 となりました。Photo_4  

この遺跡は階段がとても急できつい

のぼりです。登りきったこの塔のま

わり360度は見渡す限り平原です。

残念ながらしばらく待ってみたもの

の平原に染まる夕日をみることは

きませんでした。変わりに空に

染まった夕日を、反対の空に現れ

虹をながめた観賞でした。happy01

Photo_9 Photo_10

   

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アンコールワットを訪ねて 

10月19日(月)~23日(金)

カンボジアのアンコールワットをねてきました。happy01

私の知っているカンボジアといえばポルポト政権時代、知識人が大

殺されたこと、ジャングルに埋もれていたアンコールットが空の

ら発見されたことぐらいしか知らないのですが、このカンボジとはど

な国なのでしょうsign02     関空を11時に出発しました。airplane

カンボジアの(シェムリアッ)にはベトナムの(ホーチミン)で乗り継い

で行きますがホーチミンからは1時間の距離です。

高度が下がってきました、まもなくシェムリアップです。

外の景色は?Photo

眼下に広がるカンボジアは赤い大地

です。緑がないの?

一瞬疑問が頭をよぎりましたがすぐ

に緑の大地が広がってきました。

これで納得です。

後で聞いた話ですがこの国の赤い

土は鉄分が多いためだそうです。Photo

また写真上の青い部分は湖だそう

です。琵琶湖の12倍あるそうです。

シェムリアップ着は日本時間18

0分(現地時間16時30分)です。

時差は2時間です。

降り立ったこの国はなんと暑いの

でしょう。wobblysweat01 気温は32度です。

日本出発の気温は22度。ここは夏です

私たちは、ホテル(エンプレス、アンコールホテル)に向かい一服した

あとは夕食に向かいます。が着いたこのホテルは4階建とはいえとて

もきれいなホテルです。廊下は赤いじゅうたんが敷き詰められ、部屋

は木目が重厚感を与えち着きのある清潔感漂うホテルです。

しかし、着替えも終わり部屋の点検も終え落ち着いてみるとこのホ

ルにはちょっと違和感を感じます。thinksweat02  それはたった今見てきた景

色とはあまりにもかけ離れているか

らです。Photo_3 道路(右側通行)を自転

車やバイクが雑多と走る道の傍ら

では牛が草を食み、高層ビルはま

ったく見当らない貧しさを思わせ

るその光景とはあまりにも対照

あったからです。しかし、正直言

って旅での宿の快適さというもの

疲れを癒してくれますし、この贅沢さはいっとき現実からの世界を

れさせますので捨てがたいものがあります。

これはありがたく受け入れておきましょう。bleah

一服した後は夕食のクメール料理へと出かけました。

私はなんでも食事はおいしくいただPhoto_4

ける方ですがこのカレーはさらっと

していてちょっと甘くまあまあのお

味でした。あと野菜炒め、酢豚、

鍋料理と続きましたが飲み物は

もちろん自費となります。

この国の通貨はリエルです。

しかし私たちが使えるお金はすべてとなっております

(4,000リエルが1$・日本円で約100円弱)と言ったところです、

びんビール630mℓで3、5$ 缶ビール330mℓやジュース類は

2$でした。またこの国に来て驚いたことはアサヒのスーパードラ

のビールが置いてあったことです。winehappy01

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母からの贈り物

人は皆、親があってこの世に生をうけ、順番からいけばやがて年老い

ゆく親のお世話である介護に当たるわけですが、この介護もできる

ことなら手のかからないようにと願う・・・・のは私だけでしょうかsign02

まだらボケの始まった姑の「介護」sign01 こんな「介護」はどうでしょうsign02

糖尿病を持ち、食事の制限を敷かれ、血糖値測定、インスリン注射、

前、食後、就寝前の薬。一日3回の点眼、毎月3回の定期通院。

安物の看護士の任をまかされ、それがいつまでつづくともしれない

「介護」sign03 実娘からは、“今まで里へ帰って一度も楽しい思いをした

とがないの”と嘆きの言葉を吐かし、息子からは“おふくろとの同

んて元なうちはとても無理”といわしめた姑。それに加えて何時

の世にも上げられる嫁姑問題。正直言いまして嫁である私とは

決して折り合いよかったとはいえい、いやむしろ悪かったその人

の、その姑の介護。そんな介護なんてだれが好んでしたいでしょうsign02

しかし、現実には介護の必要が逼迫した場合、否が応でも在宅介護

施設介護かの選択を迫られます。そんな姑トシエさんの介護もマ

にはできると主人はみたのでしょうかsign02

いやいや、なによりもそのように言わしめた母でも主人にとっては自

を産んでくれた、たった一人の母なのです。なによりも主人は看て

げたかったのでしょう。いずれにせよ自宅介護を選択した私たちは、

住み慣れた地を後に、京都に帰り2003・9からトシエさんの介護を始

めたのです

私は、祖父母、祖父の弟、父、母、そして、兄姉弟、あわせて11人の

大家族で育ちました。といいましても上の兄姉三人はかすかな記憶

私が小さい頃に順次都会に働きにでましたので実際には8人

家族でした。そんな中で暮らしていた私は、おじいさん、おばあ

い家庭の友達と自分の家庭を比べたとき、私はこの祖父母のい

る家庭で産まれてよかったと子供ながらに思ったものです。confident

なぜでしょうsign02だって大勢の方が楽しかったのです。happy01

ですから親との同居というものを世の多くの女性方がいやがるほ

の抵抗はなく、しろ反対でしてできることならそんな中で将来子供

育ててみたいさえ思っていた程でした。happy01

ところが世の中そんなに自分が思っているほど甘くもなく思い通りに

もならないものでした。現実は厳しくこのような姑との巡りあわせ

分の力量の無さを自覚した私は尻尾を巻いて逃げたのであります。

この巡り合わせは姑トシエさんとて同じ思いをっていたことでしょう。

“しっかりもの”とみなていた私も、かわいのないなんてむつ

しい「嫁」と思われてことと思いますcoldsweats02

そんな歴史を経ておこった介護sign03

引き受けたもののこの人の介護には、本音と建前の違いで、頭で

かっていても、「まだらぼけ」という時として本来の姿が現れる現象に

うそう心がついてきてはくれないことがありましたsweat02

そんな介護が始まって間もない11月のある日、京都に移ったことも

あって母が田舎から訪ねて来てくれました。

久しぶりに私は母と二人で近くにある東寺さんへお参りにでかけ

です。お参りの足を進めるうち食堂(じきどう)ー(納経所)に着き、

その中もお参りすることにしました。

薄暗い中には十一面観音さまが安置してありました。入り口の片隅

は、ガラスケースの陳列台が置いてありその中には販売用として

きれいに彫られた木彫りの8体の小さなりご本尊さんが納めら

ていました。私は観音様をながめていたのですが、母はその陳列

台の前で足を止め熱心にご本尊さん見入ってした。

そんな母が突然、確信を得たように大きな声でつぶやいたのです。

「あ~。マーヤさんも私といっしょやな~・・・・あんたは人のお世話を

するように生まれついてる」と言ったのです

えっ?なにを言っているのかしらと近づく私に母は

「あんたのお守りご本尊さんも『普賢菩薩さん』やな~」

恥ずかしながら私には母からいわれるまで名を聞いたことがあっ

ても、『普賢菩薩さん』というこのお方がどういった方なのか、また自

のお守りご本尊さんであることも、私はこれだけ年を取っていると

うのにそのような知識は持ち合わせていませんでした。

そんな私に、続けて母は

「この普賢菩薩さんはな、仏様にはなれないけれど仏様のお世話を

する人よ」・・・・・・・「おばあさんを見ておあげ」と言ったのです。

みると、お守りご本尊さんはそれぞれの干支によって決まっているよ

うでと同じ干支の方は皆同じ「普賢菩薩さん」というわけなのですが

静かに話す母のその言葉は、私の心情を知ってか知らずか語りかけ

るその言葉は、なぜか不思議となんの逆らいもなく(すとん)と私のお

なかの中に入っていったのです。

そうなの~sign02 私はそういうふうにうまれついているの・・・sign02

そうなのか~think

そう生まれ付いているのだったらしかたないよね~・・・・・confident

その時です。    

わたしの前に一本の道が開けたのです。

目の前が急に明るくなって道が開けたのです。

人にはそれぞれ歩く道があるように

私には私の歩く道があるようでした。

ありがたい母のことばです・・・・・・think

わたしの心を救ってくれたかあさん!

宝物のことばをありがとう!happy01

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財布の中身

通帳を忘れたトシエさん。

ではありますが、財布の中には、まだなにがしかのお金は持ってい

たのです。しかし、買い物もだんだんと所持金が少なくなってゆくと

えらいものでして以前のような茶な買い方は影を潜め、考え考え

使いながら一つ減り二つ減りと、そして最終的におやつ一個の

物となっいったのです。bleah

市場に行ってレジに並んでも“さあ支払い”という段階になって店員さ

んから財布を覗れ籠に入れた品物も取り出されるという、かって

のトシエさんにとっては考えられない屈辱的な行為を繰り返されると、

やがては市場へ行く意欲も失せいったであります。coldsweats01

そんな折、よく開け放された玄関の上がりかまちに腰をかけは買い

物に行く近所の人たちを見送っていたトシエさんですが、その心の中

には不思議なことがあったようでした。

なかでも山田さんを見ては・・・eye

「山田さんは、よう買い物にいけるな~。どこにそんなお金があるん

や~?不思議でならんわ~」と首をかしげていました。sign02

自分でもお金が無くなり買い物行くことができない今の現状が不思

議でしかたがなかったようでした。sign02

そういいつつ過ごしていたトシエさんもやがて財布のお金もきちんと

使い果たし残り5円玉1個と一円玉3個。8円が財布と共に忘れ去ら

れたのであります。  そんなある日のことです。

「ちょっと~!マーヤさん、お金、貸してくれへんか~」dollar

「えー?どうするのー?」 ドキッとする言葉です。

すると、いつも持ち歩く黒と白のチェック柄の小さな袋を取りだして

中からごそごそと出してきたのは「そら豆」のお菓子でした。

「えっ?それ、どうしたの?」eyesign02

(もうお金は持っていないはずなのに?)

「そこの駄菓子屋で借りてきた~」 「え~?」shock

ハァ~と私は深いため息をださずにはいられませんでした。

何ということを・・・ 借りてくるなんて・・・ coldsweats02sweat02

おばあさんの頭の中ではいかにして食べようかという考えが駆け

っているようでした。こういうことが二度とあっては困ります。bearing

「おばあさん。それは無理やわ~。私は貧乏やからそんなお金あら

へんえ~。行って返してきて~」最初が肝心と私は即、断ったのです。

「そうか~。あかんか~」 「うん。無理!」 「そうか~」

しぶしぶあきらめたトシエさんはがっかりした顔で返しに外にでたの

です。手押し車を押しながら返しに行く後ろ姿をみてますと、自分の

とる処置にそこまでしなくてもと、チラッと心が痛みはしましたが、

これにはやはり毅然とした態度が必要と思い直し

“おばあさん。きつ~いマーヤを忘れないでね”

と心で叫んだのであります。

それにしても歯がないのにその硬い「そらまめ」食べられるの?

今日は近所のお友達のおかよさん(この方も認知症です)と二人で

散歩に出かけました。が、今日はわりと早くに家に帰ってきました。

ちょうど私は玄関前にいたのです。その私に向かって

「マーヤさん、おいもさんたべようか~」

とにこにこ顔で帰ってきました。

「え~?どこにそんなものがあるの~?」

立ち止まったトシエさん得意顔で手押し車の荷物入れの蓋を開け

て「ほら!」とみせました。

見ると中には。「え~?ほんと」まさしく「焼き芋」です。coldsweats02

それも大きな大きな焼き芋が3個。とても大きくて小さな子供の頭ほど

あります。お店でもこのような大きなさつまいもなんて見たことがあり

ません。 「え~?、おばあさん、どうしたの~?」coldsweats02sweat01

「あそこの畑に落ちてた~」 「え~っ???」

そこへおかよさんを介護しているお姉さんが飛んできました。

「ちょっと~、おばあさん、焼き芋を持って帰らへんかった~?」

「ええ!持って帰ったんですけど・・・これはいったいどうしたんでしょ

うね~?」 「うちも持って帰ってきたのよ~」といいつつ話すお姉さん

の説明によると、すぐそばの畑焼き芋がたくさん捨ててあったらし

それを二人は拾って持って帰ったようでした。

早速お姉さんと畑に見に行ってみるとほんとまだ大きな焼き芋がご

ろごろと転がっていました。coldsweats01sweat01

誰が?どうして?なんのために?お姉さんと腕を組んで考えましたが

今もってなぞの出来事でした。coldsweats01sign02

もちろん持ち帰った「焼き芋」は元の場所に返しておきましたが・・・

きっと二人は嬉々として拾ったことでしょう。だって食べられるもので

したらこのマーヤだって喜んで拾ったことでしょうからhappy01

朝起きると仏壇にはお茶と仏飯をお供えします。

あれ?たしか、きのう初物で「ぶどう」をお供えしておいたのに?

おかしいな~?主人が下げたのかな?と思いつつ何気なくシエ

のベッドに目をやると飛び込んできたのは丸められたティッシュの

です。開けてみると「ぶどう」の残骸でした。

どうやら夜中にトシエさんの口に入ったようです。delicious

「これこれおばあさん、だまって仏さんのものを食べたらばちがあた

るえ~」 すると首を横に振りながら

「ううん、たべ~!たべ~!いうとった~」earnote

近くにはお地蔵さんがあります。

お地蔵さんには時々、お賽銭が供えられていたり、お菓子が供えら

ていたりします。その日、トシエさんはお地蔵さんにお供えされて

(飴)をいただいたようです。delicious

近所のお姉さんにしっかりと見られてました。

ひょっとしたらトシエさんは、この日も

「たべ~!たべ~!」 lovely

というお地蔵さんの声を聞いたのかもしれませんね。happy01

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食べたいの

糖尿病は生活習慣病の一つといいますが、これはうまいこといった

もので本当ですね。と、いいますのもトシエさんの日常生活がぴ

ったりと,これにあてはまっていましたから・・・・・sweat02

食後「なんぞ」がないと寂しかったトシエさんには、いつでも何時で

も、手を伸ばせば届く位置に「なんぞ」が控えておました。そして、

食事が終わるとすぐ「なんぞ」が用立てられたありますcakecherryapple

おまけに運動などといってもおつかいに行く程度で、身体を動かすこ

となど苦手なトシエさんは、きっちりとインスリン注射と、もろもろの薬

をひきつれて『糖尿病』という病をいただきました。down

おまけに「認知症」というものまでがひっついてきたのです。

一人での生活が困難になってきたトシエさんのもとには管理者がや

てきました。それもきつ~い嫁がsign01今までの生活は一変してしまい

ました。管理者は即「なんぞ」なるものなどはお払い箱にしてしまっ

たのです。とはいっても、管理者も朝の10時に果物。3時にやつと

時間を決用意はしていたのです。clock

ところが、このトシエさんは量が少のか、待てないのか

慣はなかなか崩せず、口はどうしてもしそうでいつも「なんぞ」

夢見ているようでした。thinkcloud

ある日のこと、私は少し遠くまでおつかいにでかけたのです。

この日はちょっと、こ一時間かかってしまいました。watch

あわてて、トシエさんを気にしながら急いで家に帰ったのです。

玄関で靴を脱ぎ中に入いったとたん ・・・・ え~sign02 

目に入ったのは漂ってくる煙です。wobblysweat01

大変と隣の台所に飛んでいくと(家には台所が二つあるのです)

レンジ前に立って振り向いたトシエさん!口元は真っ黒け!

「ギョ!」どうしたの (@Д@;sign02

みるとガスレンジの上には黒こげの「おもち」です。

それも網がないので直火で焼いていたのです。

そして、まだ焼けていない黒焦げの「半生おもち」をかじりかじ

り焼いていたのです。あ~!なんということを!危ない!危ないwobblysweat01

私の出かけた後に市場で買ってきたようでした。

あ~あ!とまた取り上げざるをえず、私は

“そんなにまでして食べたいの?”と哀れみとなんだか悲

しみの心境でした。2個焼いてあげるから、あとは預かっておくね~。

トシエさんはいままで一度もレンジを触わらなかったものですから油

断をしておりました。おまけに、このレンジはあまり使用していないレ

ジだったとはいえ元栓を閉めておくことを忘れておりました。bearing

肝に銘じて元栓は閉めておかなくては・・・・・bearingsweat02

火事にならなくてよかったと胸をなでおろした出来事でした・・・・・が

そんなにまでして食べたいのsign02 ・・・・食べたいようね。confidentsweat02

次に、この出来事は私がまったく知らなかったことです。

その日は近所の駄菓子屋さんでビスケットを買ったようでした。

近所のお姉さんに見つかったようですeye

「これこれ!おばさん!糖尿やのにそんなん食べたらあかんえ~」

トシエさんは、愛車の「押し車」を押して家に帰る道々、歩きながら

ビスケットのおやつタイムのようでした。delicious

近所の皆さんはすべてトシエさんが「糖尿病」だということは知って

いるのです。そして、そんなにたくさんの物は食べられないというこ

とも!顔馴染みの親切なお姉さんが自転車の上から見かけて声を

かけて下さいました。 でもなかなか。

そんな言葉にトシエさんはひるまなかったようです。

「あ~、ええねん!残ったらこの畑にほかして帰るから」

えー?なんということを!畑へ? 考えたね、トシエさんsign01

持って帰ったらまた、きつ~い嫁に取り上げられるもんね。

この取り上げられる恐怖はしっかりインプットされているようでした。

しかし、畑にとってはえらい迷惑な話です。

持ち主さん、ごめんなさい。 m(_ _)m

後から聞いた話なので、拾いに行くことはできませんでしたdespairsweat02

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通帳を忘れた日

トシエさんはこの夏90歳になりました。birthday

84歳だったトシエさんの介護を始めて6年が経ったわけ

ら早いものですね。confident  この6年間にはいろいろなことがありました。

今は、その時その一瞬の世界で生きているトシエさんですが、当初ま

だ認知症といいましても買い物に一人で行くことができましし、郵便

行ってお金を引き出すこともできいましたので今とは比べようが

ない元気さでした。

当時そんなトシエさんが何より好きだったことは物でした。

買ってくるものといえばひたすら食べるものだったわけですが・・

しかし、この買い物は糖尿の食事を管理している者にとりましては

難儀な代物でして何処へ行ったのでしょう?)と振り回されたのと同

じく買ってくる食べ物に振り回された時期でもありました。coldsweats02sweat01

そんな時期はいつまで続いたのでしょうsign02

そんな思い出を記録してみたいと思います。pencil

いつも、朝の10時になると待ちかねたように・・・

「ちょっと~市場へいってくるわ~」と手押し車を押して出かけます。

買ってくる物はたいてい決まっており、まず「うきあられ」丸くフワッと

した空洞のあられです。(これは最多購入品目でした)

おかき・みかん・柿・さついも・ふかし芋・バナナ・菓子パン・揚げた

豆・いかり豆・ビスケット・キャラメル・みたらし団子・天婦羅(この

羅はすごいですよ、さつまいも、いか、ちくわ、といった天婦羅を

3~4個買ってくるのです。それがどれも一つがとても大きくて、さつ

まいもなどは、ななめ輪切り10cm程もあるわけですから、いった

いこれは何Kcalになるのだろうと私にはお手上げの品でした。)

続いて、肉・ほうれん草・漬物・惣菜・鶏の照り焼き・鶏の足のロースト

チキンこの足つきローストチキンには息子はたいそう驚かされたよ

うで“こんなもん誰がたべるの?おばあさんの食べるものじゃない

よな~”なんて呆れ顔大笑いしてましたが・・・

またそんな中でよく折込みチラシを眺めて買ってきていた物に10個

入、1パック98円という玉子がありました。

これもお気に入り一つでして

「安いな~。玉子は栄養価があって!これが一番ま~し~」

しっかりローテーションに組み込まれておりました。

こういった品々を毎日5~6品づつってくるのです

ところが、当時お店は市場のそばにもう1軒ありまして、トシエさんは

よくこのお店にも足を運んでいたのです。すると・・・

たとえば、まず一軒目で買った玉子ですが、手押し納めてしまうと

もうその事はすっかり忘れており次の市場で再び玉子を買って帰っ

くるのです。ですから、帰り着いた時には 

“あら?まあ?玉子が二つ?”

これは他の品物でもたびたび繰り返されたことではありしたが)coldsweats02sweat01

そして、私はトシエさんが帰り着くやせっかく買ってきた品物をせっせ

取り上げる作業に追われたのです。そのころ家にいた息子はこ

取り上げ方がとても上手で、おばあさんが帰り着く

「おばあさん手伝ってあげるな~」といって台所に運んでくれたのです。

そして、息子も心得たものでしてお菓子類一つと無難な物はテーブル

べて、後はさっさとおばあさんの目に付かない所に納めてしまう

のです。そこへあとから“よっこらしょ”と中に入ってテーブルに着いた

トシエさんですが、目の前に並べられた品物を見ながら

「え~?わての買い物これだけだったかな~?」

なんてしばらく首をかしげて、いたく不思議がったということです・・・・happy01

このやり方には私も感心したものです。ところが、その手に持った

のお菓子ですが、これも全部食べられるわけではないのです。

なんたって厳しい嫁が管理しているものですから happy02

食べていい分量は持たしてもらえますが後は没収となるわけです。

しかし、それも食べて手元になくなると、今までりに「なんぞ」

を置いてそのお世話になってきたトシエさんにとりましてこれは

落ち着かなかったようで昼食が済んでしらくすると、また

「ちょっと~市場へいってくるわ~」とヒョコヒョコ買い物に繰り出すの

です。 時には夕方3回目の買い物のお出かけがあったりと・・・bearing

このような行動を毎日繰り返すわけですから我が家には食べきれな

いものが溜まって消化しきれずこの処分に私は、義弟の所、近所

走りまわったでありました。

なんとも無駄でもったいない話しなのですが、トシエさんにとりまして

なにより大事な通帳を取り上げるわけにもいかず、また離すはずも

なく、この行動はお金を使い果たすまでたがないと読んでいた

私は腹を据えてフムフムと眺めていたけなのです。 

noteその時がやってきましたねnote

年も明けた2月のある日。

いままでよく通帳と睨みっこしていたトシエさんでしたが、その日は

ひとしきベッドで剣な目で通帳を睨んでいます。

私もだいたい把握はしていたのですが・・・・ちょっとトシエさんに聞い

みましょう。 「おばあさ~ん。いくらもっているの~?」  eye heart01

残高5、673円 「いや~まだたくさんあるや~」

すると、そんな私の言葉には返事もせず真剣な面持ちで

「う~ん!もうこれ以上は使われへん・・・・これはなんかの時に置い

とかなあかん・・・・う~ん。もう使うわれへん」と自分に強く言い聞か

せています。・・・・・・・とそこへ、私も悪いですね~。happy02

「そうやな~。なにがあるかわからへんし、それは使われへんな~」

(そして私はいかにも残念そうに・・・そして、困ったように・・・・)

「私も貸して上げられるほどお金持ってへんしな~。」  bleah

と言いつつ私は、駄目押しの追いうちをかけたのであります。

「私はきついマーヤだからおばあさんには

          貸してあげられへんわ~」。happy02

期日がくればちゃんと年金は振り込まれているのですが・・・・ bleah

トシエさんはそのことをすっかりと忘れてしまっていたのです。happy01 

その後、しばらくベッドで横になって真剣な目で通帳を眺めては片づ

け、片づけては眺めしてい事な大事な通帳も、ふと気が付けば

残にもベッド脇に放り投げられ見向きもされなくなっていたのです。

もうトシエさんにとってはなんの価値もない通帳となってしまいました。

トシエさんが通帳を忘れたのです。

(もちろん私がそ~と預かりはしましたが・・・・)happy02

以外と早く忘れてくれましたね。happy01

わずか半年もたたないうちに忘れてしまったのです。

しかし、あんな楽しみにしていた買い物も『認知症』に奪われてし

ったのかと思うとちょっとわいそうな気持ちもしまが・・・・coldsweats01

私にとりましては、これで食べ物の管理がしやすったということで

のでやれやれといった出来事でした。

介護も同じ状態がいつまでも続くというものではないのですね。confident  

当たり前の話ですが・・・しかし、

通帳を忘れはしましたがトシエさんの行動は

・・・・・・・次へと続くのです。happy02

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老いと握手

人様との付き合い方にはそれなりにいろいろと気を配ることはあたり

まえとして慣れていますが、自分自身との付き合い方に気を配るとい

うことについて私はどうも横着なようでした。その横着さがたたって

私は今回ほど自分との付き合い方の下手さを思い知らされたことは

ありませんでした。といいましてもこれは健康管理についてです。

この夏、「夏バテ」でダウンしていた私でしたが体調が戻り(とこれは

戻ったと思っていたのかもしれません)またいつもと同じように動いて

いた私は再びダウンしてしまいました。shocksweat01

その1週間の行動を振り返ってみますと定期健診で予定の入ってい

たおばあさんを連れて病院行へ二日、私用で一日、趣味の教室に一

日、続けて二日は、約束していたそれぞれのお友達との再会といった

スケジュールを少し疲れを覚えながらもこなしていたのです。

そして最後、のびた髪がうっとうしくてどうしても美容院へ行きたくて

出かけたのです。ところが、そこで髪の毛を濡らされたとたんゾクッと

寒さを覚え帰り着やまたしてもダウンしてしまいました。bearing 

なんとも情けない!weep ところが、起き上がれなくても熱はでていない

のです。この間の「夏バテ」の時もうですがいつも熱はでていない

のです。この症状に私は自分の身体はいったいどうなっているのか

考えざるをえませんでした。sweat02

私の住んでいる近くに小さな診療所があります。

かねてからその診所はちょっと気にはなっていたのです。

といいますのも近所の私より年配の皆さんはそろってなにかあると

この診療所へ気軽に診察を受けにでかけるのです。

そして、持病を抱えていながら風邪などひいてもすぐによくなってい

るのです。そういった光景を見せ付けられると一見の価値はあるの

かもと思ってはいたのですが小耳に挟んだそこの先生のお歳が80

歳を越えているという話に私はちょとたじろいでいたのです。

しかし、今回大きな総合病院で診察を受けても

「ちょっと喉が赤いですね、トローチとうがい薬を出しておきましょう」

で片付けられていたは、一度その診療所へ行ってみようかと勇気

をだして行ってみることにしたのです。

なんだか懐かしい田舎の診療所を思い出させる場所でしたが・・・ 

診察室に通されて初めてお会いする先生はうわさに聞くお歳よりも

10歳くらいは若く見受けられ、背の高いかっぷくのいい話しやすい気

さくな先生でした。血圧の細かい内容から始まり栄養士さんが作った

という栄養ドリンクレシピの話しから私の生活指導まで次の患者さん

がまだ見えていなかったせいでもあるのですが話は延々と30分近く

続きます。 どうもこの先生話好きのようです。happy01sweat01

受け答えをしている私もだんだん疲れてきて「先生、私は患者なんで

すけど・・・」と訴えそうになりましたが、栄養剤とビタミン剤の点滴を

受け「漢方薬の葛根湯・ビタミン剤」のお薬をいただき・・

(そうそうこのビタミン剤ではビタミン6とビタミン12が含まれておりこ

れは筋肉と神経に利くという説明もしてくださいましたが)

受けた尿検査、血液検査は後日聞きに来て下さいとのことでその日

は帰ってきました。点滴のおかげでしょう少し身体は楽になってきま

した。そして後日検査結果を聞きに行ったのです。結果は異常なしsign03

しかし、今一つすっきりしない私は今度は心電図検査をうけることに。

これも異常なしsign01 そして下った病名は『過労』ということでした。

そこで再度、点滴を受けて帰りいただいた薬を服用しているうちにだ

んだんと身体が楽になりこの4日ほど前、通っていた水泳教室にも

約二ヶ月ぶりにやっと復帰することができました。scissorsnote

このことから私はハタッと気が付いたのですflair

私はよく「風邪」をひきます。そのことで人様からいつも

“元気そうやのに・・・”と不思議がられていたのです。sign02 sign02

私自身もそのことは気になってはいたのです。

ところが今回のことがあってよくよく考えてみた私は、私の風邪引き

「過労」から風邪を呼び込んでいたのでは?ということに思い

至ったのです。 先生がおっしゃっていた健康とは

シャンとした精神があってあとから身体は付いてくる。

(精神が萎えてしまっている人は身体も萎えていてダメだけど)

それで健康なんだけど、しかし、その精神が勝ちすぎて身体が付い

いかなかった場合これが問題やということでした。 なるほど think

私にとって私の行動は動きすぎで頭で考えるほど身体は付いてきて

くれてはいなかったということのようでした。今になって主人から

「以前からマーヤはよう動くな~と思っていたわ~」なんて呆れ顔まじ

りで言われると “そう?普通だと思っていたのに~”とヘコミますが

それでは今まで元気印を掲げて生きてきた私はいったいなんだった

のだろう?これはひょっとしたら私は本当は弱いのに

「元気なふり」して生きてきたのであろうかと疑わざるを得ま

せんでした。coldsweats02 sign02      勧められたのが午睡の勧め!shine

疲れを感じなくても30分でもいいから身体を横にしなさいということ

した。これには目からうろこでした。そして悟ったことといえば健康

を維持するためには身体に向かって一つ一つお伺いをたてていかな

ければいけないのだということです。そして、それには

「しんどいふり」という演技を身につけなければいけないという

とを悟ったのであります。これは私にとってなかなか手ごわそうで

やっかいなことではありますが・・・・・・ coldsweats01 その時ですsign01 私は、

「げんきなふり」から「しんどいふり」バトンをしたのです。

と同時に    

私はやってきた 「老い」としっかり握手をしたのでありますgood

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